情報と通信の融合 2
AT&Tは96年1月、さらに機器製造部門、旧ウエスタン・エレクトリック(WE)と、コンピュータ部門のNCRを分離しました。
通信サービス会社に純化したといえます。
インターネットFAXの開発など、激化する通信業界の競争で生き残るには、あらゆる資源を通信に投入しなければならない、という判断です。
折しも米国では通信法が改正され、地域、長距離、CATV相互間の参入が可能になりました。
97年になってAT&Tは、長距離から地域へ再び参入しようと、かつての子会社SBCコミュニケーションズと合併交渉をもちかけるが、交渉は失敗しています。
しかし、地域、長距離、国際と通信に関わるエンドからエンドまで、一体で提供したいという願望は捨て切っていません。
AT&Tのアレン会長は「SBCがだめなら、まだ地域電話会社はほかにもある」と述べ、マ・ベル(ベルはかつてのAT&Tの愛称であり、お母さんベルの意味)復活を狙っています。
その言葉どおり1998年の年があけてすぐ、AT&Tはニューヨークの地域電話会社テレポート・コミュニケーションズ・グループ(TCG)を113億ドルで買収する、と発表しました。