パチンコは戦争中も健在・・・神戸にもパチンコ屋
湊川新開地で、ここは湊川公園南隣の一帯の地---、劇場、映画館、寄席、飲食店などが軒を連ね、神戸一の盛り場として、賑わっていました。
キネマ倶楽部という映画館の裏手にあったパチンコ屋は、
1センチぐらいの長さに切った砂糖黍を景品に出していました。
なにしろ砂糖は配給制ですが、配給はほとんどなく、誰でも甘味に飢えていました。
したがって、たとえ1センチぐらいの短かい砂糖黍でも、甘味にありつくことができるのですから客は押しかけてきました。
砂糖黍は、南の島から積んできて、神戸に入港した貨物船から横流しされたものではないか、といわれていましたが、やがてそれも入手できなくなったらしく、代わりに、駄菓子屋で売られていた"肉桂"が景品に出されましたが、お菓子のない時代なので、これまた人気があったのです。
しかし、神戸も、昭和20年3月17日午前2時30分、B29の60機による大爆撃を受けて炎上してしまったのです。